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大阪高等裁判所 昭和61年(ラ)325号 決定

抗告人(執行債権者) 滝田弘

相手方(執行債務者) 大橋修治

主文

大阪地方裁判所が昭和61年6月25日なした別紙物件目録記載の不動産に対する同庁同年(ヌ)25号強制競売の手続を取り消す旨の決定を取り消す。

理由

一  本件抗告の趣旨は主文同旨であり、その理由は別紙記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

1  民事執行法(以下「法」という)53条は強制競売につき同法40条を補完するための規定であつて、不動産の移転を妨げる事実上及び法律上の事情が当初から若しくは開始決定後に生じたときにおいて、その事情が執行裁判所の責任財産及び債務の存否に関する形式的審査によつても明らかになるものであるときに限り、同法39条同40条の手続によるまでもなく、職権で強制競売の手続を取り消すべきことを定めるものである。したがつて、右事情が通常裁判所の実質的審査に基づく確定をまたなければ、その存否を判断できないときは本条の手続によりえず、法40条による外ないというべきである。

2  これを本件についてみるに、1件記録によれば、抗告理由1、2の事実の外、原決定は、昭和61年4月21日執行債務者大橋修治が、大阪家庭裁判所において同月9日付でなした相続放棄の申述が受理されたことに基づき同受理書謄本を添えて強制競売開始決定の取り消しを上申したのに対しなされたものであるところ、本件取消決定より前に、執行債権者たる抗告人より、原裁判所に対し、執行債務者は右相続放棄につき、その代償として共同相続人より1500万円を受領しているから、実質は遺産分割にほかならず、放棄は無効であるとして、債務者が右金員受領を認めている会話の録音テープの記録を添付して手続の続行を求め、別訴で右放棄の効力を争おうとし、他方、右放棄により原決定別紙物件目録記載物件を共同相続したと主張する共同相続人より本件強制執行に対する第三者異議の訴えが抗告人を被告として提起済であることが認められる。

3  ところで、本件のように相続財産に対する強制執行開始後に債務者が相続放棄を有効になしたときは既になされた執行手続は相続放棄の効力(民法939条)により債務なくして非責任財産に対しなされたものとして違法となるのであるから、有効な相続放棄自体は一応民事執行法53条所定の「不動産の移転を妨げる事情」にあたるものではある。そして他方家庭裁判所による放棄申述の受理審判は適式な申述の公証行為に止まり相続放棄の効力の有無を終局的に確定するものではなく、利害関係人間で別訴によりその無効(錯誤、心裡留保、法定単純承認事実の存在等)を争いうることはいうまでもなく、世上しばしば別訴で争われることがあることは裁判所に顕著な事実でもある。したがつて、相続放棄の申述が家庭裁判所において受理された事実をもつて、直ちに、前記「移転を妨げる事情」にあたるとはいいがたく、また、相続放棄の有効性が執行裁判所にとつて「明らかとなつた」ともいいがたい。のみならず、本件においては、前記認定の事実関係に照らせば相続放棄の有効性が「明らかとなつた」とは到底いいがたい。

4  そうだとすると、本件において法53条に基づき本件強制競売手続を取り消した原決定は相当でないという外なく、本件抗告は理由がある。

よつて、原決定を取り消すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 首藤武兵 裁判官 奥輝雄 杉本昭一)

別紙物件目録〈省略〉

抗告の理由

1 抗告人は、大阪地方裁判所に別紙物件目録記載の債務者の相続不動産持分につき、強制競売の申立てをし(事件番号昭和61年(ヌ)第25号)、昭和61年2月3日に強制競売開始決定を得た。

2 ところが、大阪地方裁判所第14民事部は、昭和61年6月25日に、「債務者は昭和61年4月9日、大阪家庭裁判所に対し相続放棄の申述をなし同日その申述は受理されている」との理由で、民事執行法第53条に基づき、前記強制競売開始決定の取消決定をした。

3 しかし、同法第53条が強制競売の手続を取り消し得るとしたのは、不動産が滅失した場合とか、差押不動産について「売却による不動産の移転を妨げる事情」が、法律上「明らかとなった」場合(例えば、差押えの登記をするまでの間に第三者に所有権移転登記がされた場合や、所有権移転請求権保全の仮登記について本登記がされた場合、破産・和議・会社更生の開始後会社財産の保全処分として仮差押又は仮処分の登記がある場合)等、事実関係もしくは登記関係より競売手続を続行することが明白に無意味であるからにほかならない。

従って、本条の適用にあたっては、実体上の権利関係を調査するまでもなく、競売手続上、差押不動産の競売による権利移転が不可能であることが明白な場合に限られるのである。

4 しかるに、債務者の相続放棄申述の受理による権利の存否は、そもそも、実体法上の権利関係に関する問題であるばかりか、相続放棄の申述の受理がなされても、これによって生ずる実体上の権利関係を終局的に確定する作用をもつものでないことは争いのないところであり(有斐閣注釈民法(25)461頁)、それゆえにこそ、相続放棄の申述自体の効力を争う余地があるのである。

よって相続放棄の申述受理は、債務者の差押相続不動産に対する権利の不存在を実体法上明らかとするものでもない。

そもそも、民事執行法第53条の適用にあたっては、前述のごとく競売手続を続行することが無意味か否か、すなわち競売手続による権利移転が事実上あるいは登記上可能か否かによって判断されるべきものであるところ、相続放棄申述の受理は、単に差押債務者の実体法上の権利の有無に係わるものにすぎず、差押債務者が、差押不動産につきその登記名義を有するに至った以上、競売手続上の権利移転を不可能とするものではない。

従って、相続放棄申述の受理をもって「売却による(差押)不動産の移転を妨げる事情」の存在が法律上「明らかとなった」とはいえない。

更に付言すれば、債務者の相続放棄によって、差押不動産が債務者の責任財産でなくなったか否かは、訴訟による実体的判断によってはじめて明らかにされるべきであり、強制競売の開始決定がなされて不動産が差し押えられた後の、差押不動産に対する実体上の権利関係の主張に基づく強制競売の当否は、請求異議訴訟、もしくは第三者異議訴訟によって判断をすべきであって、実体上の権利関係を調査する権限のない原裁判所が判断しうるものでないことは明らかである(現に、債務者以外の相続人である大橋み祢、大橋健らより、別紙物件目録記載の不動産に対する強制執行につき第三者異議の訴(大阪地方裁判所第二民事部、昭和61年(ワ)第4892号)が提起されている)。

5 従って、原裁判所が、債務者が相続放棄の申述をして、それが受理されたことを理由に同法第53条の適用を認めたことは明らかに同条の解釈適用を誤ったものといわざるをえない。

よって、抗告の趣旨記載の裁判ありたく、この執行抗告をする。

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